「もう、誰もいないかな」 ユタカが教室のドアから廊下をきょろきょろと見、それを静かに閉める。 「家に帰ってからでもいいんじゃないの」 キョウは妙に用心深いユタカに目配せして、どっぷりとため息をついた。 受験生にクリスマスなんてものは元から存在していない。本日、24日も例のごとく授業があり、特に変わらない一日を送ったところだったのだ。 「だってさ、家だと妹が煩いし」 「うちは誰もいないぜ」 「だっだめだよ、そんな!」 大声で否定するユタカの顔は、僅かに赤く染まっている。互いの家は何度も行き来した仲だというのに、今更こうして意識されるとこっちが恥ずかしいというものだ。 「……まあ、いいけど」 話を切って、ユタカがロッカーから取り出してきた小さい紙袋を覗く。白い箱が見えて、ゆっくりと取り出すと、甘い匂いがふとキョウの鼻を突いた。 「開けていいか?」 「どうぞ」 中からシンプルなショートケーキが二つ出てくる。片方はイチゴ、もう片方はチョコだ。 「お前、どっちがいいの」 ユタカに聞くと、たちまち困り果てたような顔になって、 「どっちでも……」 と小さく呟いた。煮え切らないそのうじうじにいらついて、キョウは何も言わずにイチゴショートを手に取った。 「あ、じゃあ俺はチョコね」 そう言うユタカはどこか、嬉しそうだ。 「ケーキなんて、久しぶりだ」 「あのさ、キョウ」 「なに?」 「じ、実はさ、渡したいものが、あって……」 もじもじとユタカは呟いて、その語尾はほとんど聞き取ることが出来なかったが、とりあえず言葉の趣旨は掴んだ。所謂クリスマス・プレゼントというやつだろう。 「これ、良かったら」 ユタカに渡された袋を丁寧に開けると、そこにはシンプルなデザインの手袋が入っていた。 「わ、これ……貰っていいのか」 我ながら阿呆な質問だ。ユタカはぶんぶんと首を縦に振ると、にこおと笑った。 「もちろん!」 「サンキュ。……悪い、俺何も用意してない」 まさかここまでするとは思っていなかったのだ。去年はどうだっただろう。上手く思い出せないが、もしかしたら何かしら貰っていただろうか。 「あ、いいんだよ、俺が勝手に用意したんだし」 「でもな……」 「あ」 何となく申し訳なさを感じているキョウに対して、ユタカが小さく声を上げた。そしてみるみるうちにまた顔中を赤くして、終いにはうつむいてしまう。 「なに、どうしたのユタカ」 正直、自分より体の大きい男にそんな動作をされても可愛くも何とも無い。言うなれば――「気持ち悪い」。言ったら言ったで一週間ほどへこみそうなので言わないが。 「あの、じゃあ、お、俺のお願い聞いてくれる?」 ユタカがぼそぼそと呟く。 「何、お願いって。いっとくけど金はないからな」 「お金とかじゃなくて……」 「なんなの、さっさと言えよ」 こういうとき、たまに自分は短気なのではないかと思うことがある。言いたいことを言わずにもじもじしているのが、キョウは何より嫌いなのだ。 「キョウ、」 ユタカは決心したように息を吸い込むと、じっとキョウの目を見つめてきた。正直、こういうときのユタカにはどきりとさせられる。まだ、この熱を孕んだ瞳に慣れていないからかもしれない。 「……キス、して」 ぶわりと、熱が伝染した。冗談で小突こうかとも思ったが、ユタカは真剣な表情だ。キョウは固まる思考をどうにか動かそうとして、余計に訳が分からなくなる。 早い話だ――キス、すればいい。ユタカに。 「……一回だけだぞ」 日の落ちた外では、雪が降っている。キョウは一瞬だけ窓に映る自分の姿を認めて、ユタカに顔を近づけた。軽く唇を重ねる。お互いのそこは熱く湿っていた。 ふわり、甘い匂いが漂う。 「…………」 唇を離した後、キョウはユタカとしばし見詰め合った。というか、目を逸らせなかったのだ。 逸らしたら、自分が負けてしまいそうな気がして。 「……メリークリスマス」 頭に浮かんだ定番のフレーズを棒読みで呟くと、ユタカの顔は赤みを帯びたまま綻んで、 「メリークリスマス」 今度はむこうから、キスが降ってきた。 (2010/12/24) |