キョウとユタカシリーズ
君の隣から



 ユタカは、悩んでいた。……いや、悩みというほど具体的なものではない。ただ、漠然な不安を抱いていた。
「今日はやけに静かだな」
「うん……そうかな?」
 隣を歩くキョウは、いつもと変わりない。ユタカはその姿をちらりと横目で見て、すぐにそらした。
 登下校を共にするこの幼馴染は、ユタカの最も尊敬する人物であり、悩みの元凶――でも、ある。
 キョウは、何も変わらない。顔立ちや体つきは変わってきたものの、ほんの小さな頃から、彼を形成する芯のようなものは何一つそのままだ。ユタカに対する接し方も、互いの距離も、変わらない。
 ユタカはそのことにずっと、自分だけの特権のような、心地よさを感じていた。しかし、ここ最近になって、その感情に何かが加わってきた。
 ――どうしようもない、もどかしさ。
「……で、寄ってくのか?」
「え?」
 突然の言葉に思わず声を上げると、キョウの顔がいよいよ訝しげに顰められた。
「だから、このあと。CD返すって言ったじゃん」
「ああ、そのこと。いいよ、行くよ」
 放課になった後、教室でその話をしたことを思い出す。ユタカがキョウに貸していた、エリック・クラプトンのCDだ。いつだったか、勉強するときには洋楽をかけるのだと言ったユタカに、「じゃあ何か貸して」と、珍しくキョウから頼んできたものだった。
「クラプトン、勉強はかどった?」
「いーや、寝た」
 くすりと笑みがこぼれる。それが、あまりにユタカの予想通りだったからだ。
「笑ってんじゃねえ」
「いてて」
 耳を引っ張られて、体がよろける。ふわ、とキョウの匂いがして、頭が痺れた。
 変わらない距離に安堵する自分と、それに苛立ちを覚える自分。この矛盾する気持ちを、なんと呼べばいいのか分からない。
 ユタカは、僅かな胸の痛みをそのままに、キョウにごめんと謝った。


(2010/12)


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