数日前、友人にある相談をした。他でもない、キョウのことについてだ。いや、キョウのことについて、というよりは、ユタカがキョウに抱く感情について――といったほうが正しいかもしれない。問題なのはユタカのほうであって、キョウに落ち度は全くないことなのだ。 ドキドキしたり、妙に緊張したり、胸が切なくなったりする。そんな症状を吐露してしまうと、 「それって、好きってことじゃねえの」 彼はこう言った……勿論、キョウのことを好きなのは昔からで、今更誰かに言われることでもない。ユタカがそう反論すると、頭をポカリとやられた。 「だから、付き合いたいってこと」 俺は理解できないけど、と彼は続けて、しかしその言葉はユタカの耳には全く入らずに通り抜けた。 「付き合う……」 それはユタカにものすごい衝撃を与えた。付き合うということは、つまり、街中で手をつないで歩いたり、西階段のロッカー裏でキスしてたりする二人のことを指す言葉であり、それを自分とキョウに当てはめることは難しい。 「付き合うってなんだー」 「なに一人でぶつぶつ言ってんの?」 「わ!」 びしりと全身の毛が逆立って、ユタカは椅子から飛び上がった。大げさな音がたった椅子を直しながら、ユタカは何もないような顔で笑顔を作る。心臓は高鳴ったままだ。 「な、なに」 「そんなに驚かなくても」 スポーツバッグを肩にかけ直したキョウが、目を丸くしながらそこに立っていた。 「ごめん、ちょっと考え事が」 「……最近多いよな」 キョウは訝しげに眉を寄せると、じっとユタカの目を見つめてきた。まるで、何か真実を見極めようとするかのように。 「気のせいだよ」 ユタカはその視線から逃れるようにバッグを掴むと、先に教室の出口へ歩き出した。 「付き合うって、何だよ」 背中に投げかけられたキョウの質問に、ユタカは動きを止めた。脳がどうにかこの窮地を乗り越えようとフル回転している。しかし、これだという回答が、これっぽっちも出てこない。 「……誰かと付き合うの?」 「ないっ、違う、絶対無い!」 ユタカは咄嗟に振り返ると、馬鹿みたいにキョウの問いかけを否定した。それしか方法がなかった。 必死さが伝わったのか、やがてキョウが俯いたかと思うと――ぷっと吹き出した。 「そんなこと、わかってるって。……俺が気付かないわけないだろ」 何が楽しいのか、キョウは嬉しそうに笑いながら歩き出した。ユタカが彼を追う一歩を踏み出せなかったのは、不意に、本当に無意識に、彼を抱きしめたいと思ってしまったからだ。 「キョウちゃん、俺、でも、付き合いたい人がいる」 教室の戸口まで行って振り向いたキョウと、目が合う。恐る恐る足を踏み出すと、もう後戻りは出来ない気がした。 「誰だよ、それ?」 問いながらも、キョウの表情は妙に固かった。やめろと叫ぶ自分と、やってしまえと叫ぶ自分が胸の中でぐるぐるとせめぎあう。 ついにキョウに腕を伸ばしたところで、彼の目に浮かぶ深い静かな色を見て――ユタカははっとした。 「きょ……キョーコ」 「……キョーコって、ハセガワ?」 「う、うん……」 ユタカは途端に力が抜けて、へなへなと笑った。自分が酷く情けない。だって、と言い訳がましくユタカは考える。だって、キョウが、あまりに落ち着いた、何かを覚悟した表情を浮かべていたから。 結局抱きしめることも出来ずに行き場をなくした両手は、学生服のポケットの中に、静かにしまった。 (2011/01) |