小学生の頃、4月1日が嘘をついてもいい日だと知ったのが嬉しくて、一度だけキョウに嘘をついたことがある。 「ねえキョウ、そのときのこと覚えてる?」 高校生になった今でもユタカはその時のことをごく鮮明に覚えているのだが、そうした思い出話や昔話に興味の無いキョウは、ユタカのうきうきとした問いかけに唯一言、 「覚えてない」 そう答えた。あまりにも素っ気ないので、少し悔しい気がして、ユタカは食い下がる。 「えー、ほんとに覚えてないの。俺がさ、引っ越すことになったんだ、って……」 キョウはそれを聞いても何も言わなかった。ユタカが以来エイプリルフールに嘘を吐かなくなったのもその時のことが原因なのだが、キョウは本当に覚えていないのだろうか。 「覚えてない」 「さ、最初はキョウ、ただ「ふうん」って言って、それは俺は結構ショックだったんだけど……」 ユタカはどうにかそのことをキョウに思い出してもらおうと必死だった。当時の光景を、事細かに説明する。 *** 「……それだけ?」 予想外の反応に、ユタカは思わずそう聞いてしまった。このとびっきりの嘘は、昨日布団に入ってからずっと考えてひねり出したものだった。何度もシミュレーションもした。それなのに、「ふうん」。キョウがどう反応するのかとても楽しみにしていたのに、「ふうん」。 しかし、がっくりと落ち込むより先に、何とかしてこの嘘でキョウを慌てさせたいと、その目的に必死になる。 「だって、ユウマもこの前引越したって言ってたぞ」 キョウが何事も無いかのように言う。ユウマは二人のクラスメイトだ。 「ユウマ君は、近いところに引っ越したんだよ。ふつうは、転校するんだよ」 「ユタカは、どこに行くの」 「こ、ここからずっと、遠いところだよ」 「……ふうん」 キョウはやはり、それしか言わなかった。「嘘だろ?」とか、「行くなよ」とかが返ってきたら、「嘘でした」なんて、おどけてみるつもりだった。予定が狂って、ユタカはそのきっかけをつかめずに焦ってしまう。 「じゃあ」 キョウが踵を返したのを見て、とうとう危機を感じたユタカは、キョウの腕を掴んで引っ張った。 「キョウちゃん! あの、さ……」 ユタカは一瞬言葉を失った。キョウの目が、泣きそうに潤んでいたからだ。 「うそ、だよ……」 なんとかそう続けると、頭をグーで叩かれた。 「死ね、ばか」 強烈なパンチと捨て台詞を残して今度こそ歩いていってしまったキョウが、それから何日間か口をきいてくれなくなったことを、よく覚えている。 *** 「どう? 思い出した?」 最後まで話しきったユタカは、どうだとばかりにキョウに詰め寄る。 「覚えてない」 しかし、キョウは頑なだった。 「俺、あの時のキョウの涙のせいで嘘がつけなくなったっていうのに……」 うなだれながらユタカが嘆くと、キョウは大きく息を一つ吐いて、ユタカを見返した。 「……勝手に脚色するな。俺は泣いてない」 「えっ」 キョウの発言に、ユタカは目をぱちくりとさせた。 「キョウ、思い出したの」 「覚えてたよ」 「嘘吐いたの!」 キョウはこともなげに「うん」と頷いた。 「エイプリルフールだから」 ユタカの驚きようが本当に楽しかったのか、キョウの顔は実に満足げだった。悔しがるより先に、たまにしか見られないこの笑顔を独占していることに嬉しさを覚えるのは、おかしいだろうか。 「負けたなあ」 ユタカは静かに一人ごちて、少しだけ笑った。来年はどんな嘘をついてやろうかと考えながら。 (2011/04/01) |