ユタカには、どうやら好きな人がいるらしい。 キョウがそのことに気づき始めたのは、つい一週間ほど前のことだ。恐らく他の人ならば気づかないだろう、ほんの僅かの変化だった。どこがどう、とははっきりとは言い表せない、「あれ、何か違うな」……そんな程度のものだ。 そしてそれを確信に変えた、先日の出来事。 ――キョウちゃん、俺、でも、付き合いたい人がいる。 ――誰だよ、それ? ――きょ……キョーコ。 あのときは咄嗟に茶化してしまったが、その言葉が本心でないことくらい分かっている。目をじっと見つめられて、キョウは内心の焦りを隠すように、静かに呼吸をしていた。 「……呼ぶと思ったんだよな」 自分の名前を。 「キョウ」 帰り支度をしていたキョウのもとに、いつものようにユタカが歩み寄ってくる。中学生になってからは、こうしてキョウの名前を呼び捨てで呼ぶようになった。以前はたまに戻ってしまうこともあったが、今ではそんな失態を犯すことはめっきり少なくなっていた。 だから、余計気になるのだ。あの場面でユタカが極度に感情的になっていたから。 「キョウ、どうかした?」 「あ、いや、なんでもない。帰るか」 ユタカの斜め前を歩く。これも昔から変わらない。ユタカに背丈を追い越されても、そんなのは表面上の変化でしかないと、そう思っていたからだ。 「ユタカ」 「ん?」 ユタカの真剣な瞳が脳裏に浮かび上がってくる。振り向くと、目線の少し上にユタカの驚いた顔があった。 「な、なに?」 変わったのは見た目だけだと思っていた。それなのに、この焦燥はどこから沸いてくるのだろう。急速に、ユタカが自分から離れていってしまうような、そんな感覚。 「……背、でかくなったよな」 「キョウ?」 ユタカが無条件にずっとここにいるなんて、どうしてそんなことを信じていたのだろう。キョウは正面に向き直ると、「なんでもない」と誤魔化しながら歩き始める。 ユタカが斜め後ろをついてくる感覚が、今はとても大切なものに思えた。 (2011/02) |