二月も半ば、世間はなんだかんだと浮き足立っている。二月十四日。今日はバレンタインデーだ。 と、いってもこのイベント、近年は女子同士の交換が流行りらしく、大半の男子にはほとんど関係ない――結果的に、の話だ――。キョウも例に漏れず、そのグループの一人だった。だから、気前のいい女子からクラス全員にチョコが配られたほかは、何の変哲も無く一日は過ぎていった。 「キョウ、帰ろう」 ユタカはこの日、どこかそわそわしていた。何も変わらない日常のなかで、微かな違和感が心に引っかかったまま、キョウも頷いて鞄を肩にかける。 「あ、帰りコンビニ寄ってっていい?」 「いいけど」 雑誌でも立ち読みするつもりなのだろうか。返事をしながら廊下を渡り、玄関を抜ける。何一つ変わらない。いつもの日常だ。 「明日は雪が降るらしいよ。積もるかな」 「積もらないだろ。積もったら困る」 日の短くなった空は、早くも薄暗くなり始めている。学校から十分ほど歩いたところに、生徒たちの行きつけのコンビニはあった。自動ドアをくぐるとすぐに、バレンタインのディスプレイが目に入る。これも今日一日で終わりだろう。 「立ち読み?」 「いや、ちょっと小腹が空いたからさ」 ユタカはそう言うと、そそくさと菓子パンコーナーへと移動した。なんとなく着いていくのは気が引けて、キョウは駄菓子の並ぶ棚を眺める。昔懐かしいお菓子から玩具つきの菓子まで、種類は様々だ。 その中のひとつのコーナーに目が行って、思わず声を上げそうになってしまう。 ――チロルチョコ。 中学生のとき、ほんの気まぐれで買ったそれを、キョウは結局渡すことが出来なかった。思い出して、静かに手を伸ばす。ふたつ、手のひらに握って顔を上げると、ちょうどユタカがレジの前に立っていた。 「あれ、キョウも何か買うの」 質問には答えないままレジに向かう。ちらりと横を向くと、ユタカは所在無さげにうろうろしたまま、店を出ようか出まいか迷っているようだった。まったく、この優柔不断さはいつになっても変わらない。 「何ウロウロしてんだ。いくぞ」 仕方なく声をかけてやると、ユタカはそれはもう嬉しそうな顔をして、「うん」と頷いた。 「何買ったの」 「ああ、焼きそばロール。美味しいんだよ、これ」 外に出ると、途端に冷たい風が温まった体を直撃する。キョウはポケットの中で転がしていたチロルチョコをひとつ取り出して、ユタカの下げていたコンビニ袋の中に放り込んだ。 「え、なに?」 「一個やる」 我ながら恥ずかしい。自然と歩くスピードが速くなって、ユタカが着いて来ていないことに少しの間気づかなかった。 「……おい」 足を止めて振り返る。ユタカはチロルチョコをじっと眺めたまま、動こうとしない。 「キョウ……」 消え入りそうな声で、それだけ呟いた。うつむき加減でよく見えなくても、ユタカが今どんな表情をしているのかはすぐに分かった。だから、余計に恥ずかしい。 「キョウ、これ……!」 「もたもたしてんな、置いてくぞ!」 「うん……うん!」 ユタカは人目も気にしない大声で返事すると、キョウに向かって走り寄ってくる。だんだん、羞恥の原因が分からなくなってきた。 もう一つのチョコを口に含む。キョウはひたすらに甘いそれを口の中で転がしながら、渦巻く気恥ずかしさを必死に誤魔化した。 (2011/02/14) |