「ほ、本当に来てくれたの!」 「お前が呼んだんだろ」 「そうだけどさ、う、うれし……」 「で。俺にどうやって助けろと?」 「あ、いや、キョウはどう書いたのかなあって……」 「……」 「……」 小・中・高とずっとクラスが一緒、さらに大学も一緒という、まさに究極の腐れ縁から電話がかかってきたのは夜九時のことだった。 『レポートが終わんないんだよ! 助けてよキョウ!』 ユタカの悲痛な叫びはキョウの眠気を一気にぶち破る大音量で、それはもう迷惑極まりなかったのだが……自分はこの男にはなんだかんだで甘いらしい。 それでも、いきなり明日締め切りのレポートを見せてくれ、というのは迷惑を通り越して呆れが沸いてくる。 「はあ?」 ぎろりと睨んでやると、ユタカは手をぶんぶんと振って、「嘘、嘘!」と慌てて否定した。 「とにかく、入ってよ」 ユタカが住むアパートはキョウのアパートから歩いて五分もかからない距離にある。お隣さん同士の実家通い時代とあまり変わらない気もするが、同じアパートにならなかっただけましだろう。 「散らかっててごめん」 中に入ると、部屋の中はいい具合にごちゃついていて、テーブルの上のノートパソコンは案の定開きっぱなしになっていた。 「で、俺呼んで何するわけ?」 「な、な、なにもしないよ!」 即効で否定されて、キョウは一瞬あっけに取られてしまう。 「レポート……やるんじゃないの」 「……ああ! そういうことね、やるよ、もちろん!」 まったく、よく分からないやつだ。適当に腰をおろすと、近くに転がっていた漫画を手にとって読み始める。ユタカが時折「ここはどう書いたの」とか、「こんなかんじで大丈夫かな」とか訊ねてきたが、それ以外は静かだ。キーボードを叩く音と、漫画のページをめくる音しかしない。だんだんその静寂が眠気を誘ってきて、キョウはいつの間にか瞼を閉じてしまっていた。 「キョウ、寝たの?」 ――ああ、寝た。いや、本当はまだ寝てないけど。でも、今寝るところなんだから。話しかけるなよ。答えないから。 頭の中でぼんやりと言葉が浮かんで、そのまま消える。脳がちょっとだけ起きているからだ、とキョウは結論付けた。体は寝ているんだ。 「キョウ」 もう一度、声が聞こえる。聞き慣れた、ユタカの声。ユタカが呼ぶ、自分の名前。自分たち以外誰にも聞こえないような、静かな音。 ――こういうとき、自分はユタカにだけは勝てない、と実感する。力があるとか強いとか、そういうことじゃない。根本的な問題だ。 例えば、夜の突然の呼び出しを無視できないところとか。 もうすぐ触れるだろうユタカの唇を拒まずに、寝たふりを続けているところ、とか。 (2011/03) |