ユタカは、雨が嫌いだ。ざあざあというこの雨音のリズムが、どうも落ち着かないのだ。特に六月、入梅は最悪な日々の幕開けだ。 「具合、悪いのか」 昼休み、弁当を平らげても何となく鬱々とした気分のままぼんやりしていると、キョウが心配そうに顔を覗き込んできた。もちろん、その理由を幼馴染の彼は知っているだろう。梅雨時期は、毎年そうなのだ。 「ううん、大丈夫。雨だからさ。……六月病かな」 「なんだそれ」 キョウはユタカのへらへらとした笑みをさっとかわして、口を閉じた。キョウはあまり口数が多いほうではない。いつもは自分の方がべらべらと話しているので、ユタカが黙れば二人の間に殆ど会話はなくなる。 「雨、いつ止むかな」 ざわざわと、教室の中のざわめきと雨の音が混ざり合って、余計気持ちが悪い。 「今週はずっと雨だろ」 だって梅雨なんだからと淡々と続けるキョウを恨めしげに見ながら、ユタカはため息をついた。 「……何回目だよ」 「何が?」 「ため息」 「ご、ごめん」 「……」 キョウもユタカのテンションの低さに調子を狂わせているのか、咎めるようなことはしない。しかし、突然席を立ってユタカの本来の席まで歩いていくと、脇にかけてあった鞄の中から何かを取り出した。 「キョウ?」 「ほら」 そう言って差し出したのは、ユタカの音楽プレイヤーだった。キョウはユタカの右耳に無理やりイヤフォンを突っ込むと、ためらいなく再生ボタンを押す。雨のノイズをかき消すように、耳慣れた女性アーティストのアップテンポの曲が流れはじめた。 「これで聞こえないだろ」 「キョウちゃん……」 いつものように、ちゃんづけはやめろ、と叩かれることは無かった。なんで片耳だけなの、と聞いたら、「話が出来ないから」とだけ返ってくる。 その瞬間、どうしようもなく抱きつきたくなったということは――とりあえずは内緒で。 (2011/06) |