夏休み。セミが唸る中、キョウはじっと木の上のカブトムシを見つめていた。 「キョウ、何かいた?」 「カブトムシ」 「うそ」 寄ってきたユタカが目を丸くして近づく。そんなに息を殺さなくても、逃げないのに。 「ほんとだ。これ、捕まえる?」 「親父、カブトムシ嫌いだから無理」 知ってはいたことだが、そう思いながらもこの場を立ち去れなかったのは、諦め切れていない証拠だ。 ユタカは汗を拭って、カブトムシをまじまじと覗き込んだ。 「あ、のさ。……俺ん家で飼おうか」 「え?」 思いがけない提案にキョウはユタカを返り見た。まさか、今までキョウの後ろをくっ付いていただけのユタカが、そんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだ。 「俺ん家、隣だし、いつでも来ていいからさ」 気づけば、中学に入ってからあんなに小さかったユタカの背が伸びた。もう少しで追い越されるかもしれない。キョウはなんだか複雑な心持ちがして、思わずユタカを見つめていた。 「だめ、かな?」 「うん……いや、分かった。お前が飼え。俺が世話しにいってやるから」 生意気な言い分だと自分でも大人気なく思ったが、ユタカは嬉しそうに顔を緩めた。 「やった! キョウちゃん、いつでも来ていいからね!」 ユタカがはしゃぐ。相当興奮しているのだろう。手に持っていたバッグを振り回し始めたので、キョウは慌てて止めに入った。 「危ないって」 バシ、とそれが木の幹に命中したのが一秒後。幹の上の塊が硬い羽を広げて、低く音を立てながら飛んでいったのが、その三秒後。あっという暇も無かった。 「あー……」 キョウは別に責める気もなかったが、ユタカを見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。こんなところは、まだまだ子供だ。 「泣くなよ、中学生にもなって」 「泣いてないよ」 「俺、行くから」 「え……?」 「カブトムシ。いなくても、行くから」 だいたい、このどんくさい奴の言いたいことはすぐに分かる。 「キョウちゃん……」 「ほら、帰るぞ」 歩き出す。カブトムシの世話の前に、こんな大きい子供の面倒を見るので手一杯だ。 少し考えて手を出してみる。少し躊躇ったのち、遠慮がちに握られるのを、温度で感じた。 (2011/07) |