「買い出しじゃんけん」にはいい思い出が無い。それもこれも、去年の事件があったからだ。 しかし――伝統は続くものだ。去年と同じく残ったメンバーは七人。これで負けるほうが確率的にありえない……そう思っていたのだが。 「また野崎?」 そう口にしたのは、同じく二年の寺島雄太郎だ。はっとして周りを見ると、自分のほかは皆が示し合わせたようにグーを出している。 「うっそだろ」 「じゃあ頼めるか、野崎」 「野崎は去年買出し行って帰ってこなかったんだよな」 寺島がにやにやしながら、一年生に説明するように言う。野崎はこの男が苦手だった。西山を気持ち悪いぐらいに慕っていて、なんだかんだと野崎に因縁をふっかけてくるのだ。 「なんでも、幽霊が怖くてぶっ倒れたとか――」 笑いながら横目で野崎をねめつけるが、 「やめろよ、寺島」 西山の珍しくイラついたような声に、ばつの悪そうな顔で黙り込んだ。しかし、こんな噂が立つのも仕方の無いことだった。去年、野崎を背負って帰ってきた飯田は、「具合悪いみたいなので寝かせます」と言って、西山とともに部屋に引っ込んでしまったのだ。 このなかで本当の事を知っているのは、飯田と西山しかいない。 「いーよ、ぶっ倒れたのは本当だし」 野崎は苦笑すると、適当な裏紙に買うものを書き出した。友人二人が神妙な顔つきになっているのがわかる。 「一年ども、ユーレイの話が聞きたかったらあとで俺の部屋に来いよ」 にやりと笑ってそう言い残すと、野崎は早足で食堂を後にした。 一年ぶりに歩く春の夜は、去年よりは幾分温かいもののやはり肌寒い。寮の明かりがまったく見えなくなると、野崎はこめかみに冷や汗のようなものが浮かんでいることに気づいた。歩くペースも、だんだん遅くなっている。 「ユーレイ、かあ……」 幽霊だったら、どんなに良かったことか。 なんとかコンビニで頼まれたものを買い終え、野崎は急ぎ足で帰り道を歩きだした。と、 「野崎!」 向こうから走ってくる人物に、野崎は足を止めた。 「飯田?」 「あー……なんだ、やっぱり心配でさ」 飯田は息を切らしながら笑った。その笑顔につられて笑ってしまう。我ながら情けないが、思わず肩の力も抜けるほどだ。 「来たからには幽霊から守ってくれよな」 「もちろん」 軽口にごく真剣に返されて、野崎は妙な安心感に満たされながら再び歩き出した。 「そういや皆にどう言って来たんだよ」 「トイレって言ってきた」 「バレバレじゃん」 野崎が吹き出すと、飯田は「そーかなー」と言って同じく笑った。 「西山なんてあきれてるぜ、きっと」 「そーかも」 そのときだった。カーブの向こうから急に光が飛び出してくる。それが車のライトだと気がつくのにそう時間はかからなかった。野崎は動かなかった。いや――動けなかった。その光景が、一年前のあの時と全く同じだったから。 「野崎!」 思考が完全に止まっていた野崎をかばう様に、飯田が覆いかぶさる。野崎がようやくはっとして起き上がった。 「大丈夫……か?」 「いって……ちょっとぶつかっただけだから大丈夫」 車から人が降りてくる。止まっていた野崎の思考が一気に動き出した。黒い車。白いライト。降りてくる男。 ――君、大丈夫かい。 「飯田、走れ!」 飯田の腕をつかんで無理やり立たせると、車から降りてきた男の横をすり抜けて全力で走り出す。驚いてこちらを見たその顔を、確かに野崎は覚えていた。忘れるはずもない。 「おいっ、野崎!」 もつれそうになる足を必死に前に押し出して、とにかく走った。 あの男はなぜまたここにいたのか。いつもああやって誰か人が来るのを待ち構えているのか。もし逃げなければ、またあのときのように暗闇の公園で―――飯田も? 「あ……」 気づけば、そこは寮の入り口だった。 「野崎……」 飯田がいたわるようにそっとつぶやく。その瞬間、極限まで張り詰めていた緊張がとけてしまったかのように、野崎の全身から力が抜けた。膝の力も抜けてぐらついた野崎を、飯田が両手で抱きしめるようにして支えてくれる。 「もう大丈夫だから、な」 野崎は恐怖と情けなさと安心がない交ぜになって、泣きたい気分だった。その衝動をぐっとこらえると、目を閉じて、やさしく背中をさすってくれる飯田にしばらくの間体を預けていた。 |