キョウとユタカシリーズ
ひとかけらの side:ユタカ



 隣のクラスの女の子に、チョコを貰った。
 ユタカはその子の名前も知らなかったが、妙に胸がどきどきして、恥ずかしいのと嬉しいのが混ざった気持ちだった。早く言えば、浮かれていた。二月の凍るような外気も、気にならなかった。
「キョウ、あのさあ」
 帰り道を並んで歩く幼馴染に声をかけるが、キョウはこちらをちらりと見ただけで、返事すら返してくれなかった。しかし興奮していたせいか、ユタカは気にせずに話を続ける。
「……俺、チョコもらっちゃったよ」
 自分でもびっくりするほど、その声は弾んでいた。キョウはこちらを向きもしない。まるで、何かに対して怒っているようだった。
「何か言ってよ、キョウ」
 無視を続けるキョウにだんだん苛立ってきて、つい強い口調で怒鳴ってしまう。しかしそのおかげかキョウはようやく足を止めて、ユタカの視線を受け止めた。相変わらず、強い瞳だ。
「よかったな」
 キョウが口にしたのは、それだけだった。夕焼けが刺すように眩しい。キョウは再び歩き始める。夕陽の中に溶けていく。
 ユタカは、しばらくそこを動けなかった。それまで踊っていた心も、しんと静まり返っている。
「……」
 かわりに、胸が痛んでいた。まだ名前も無い、淡い切なさだ。ユタカは眉を顰めたが、それが夕陽の眩しさによるものなのか、それともこの胸の痛みのせいなのかは、分からなかった。


(2010/11)
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