コンビニの自動ドアが開き、一人の少年が姿を現した。羽虫たちが騒いでいるのには目もくれず、大きなビニール袋の中身と手元のメモ用紙を交互に見比べながら、買い忘れが無いかチェックしている。 「よし、いいな」 あとは帰るだけだ。少年――野崎稔は、大学の入寮早々歓迎会の買出しを頼まれてしまうという、不運な役に見舞われていた。3月の終わりといってもまだしびれるような寒さで、厚手のパーカー一枚で出てきたのは大きな間違いだったらしい。暖房の効いていない店の外へ出たとたん、夜のにおいとともに寒い風が頬を撫でていく。野崎は身を縮ませながら、行きと同じ真っ暗な路地に足を踏み入れた。 コンビニを離れると、そこはもう暗闇だ。寮まで一本道だといっても、外灯のほとんどない道は、自分の姿すら見えず心もとない。先輩たちが行きたがらなかったのも分かる。 「あー……さむ」 カーブを曲がりながら、かじかむ手に息をかけてすり合わせたところで、向こうから強烈な光が飛び込んできた。―――車だ。 「あっ……」 (ぶつかる) 野崎は瞬時にそう悟った。不思議なほど冷静だった。 キキィ、というブレーキの音とともにドン、と体に衝撃が走る。野崎は道端に勢いよく倒れこんだが、思っていたほどの痛みは無かった。どうやら少しだけ当たってしまっただけのようだ。 倒れたときの衝撃で息をつめていると、慌てたように車から人が降りてきた。 「君、大丈夫かい」 車のライトが逆光となってよく見えないが、三十台後半といったところだろう。気の弱そうな顔をさらに青くさせて、おたおたしている。 「あー、大丈夫です」 たぶん、という言葉を心の中に付け足しながら、野崎は答えた。起き上がろうとすると、測部に鈍い痛みが走る。 「って、」 「救急車を呼んだほうが……」 そう男に言われて、野崎は内心あせった。そんなに大事にすることではない。 「大丈夫です、本当に」 男はその言葉の真意を確かめるようにじろじろと野崎を見、 「そうか……。あ、それなら」 不自然に目を見開いて、おかしな笑みを顔に張り付かせた。その変化に違和感を覚えるが、さして気にするわけでもなく、 「せめて送らせてくれないか」 という男の言葉を、野崎はごく誠実な言葉として受け取った。 「……じゃあ、お願いします」 動き出した車は、少し進むと存在すら気づかなかった細い小道に入った。 「あ、ここはまっすぐで……」 焦って野崎が訂正するが、男は「寄るところがあるんだよ」と柔和な笑みを浮かべるだけだった。 しばらく走って、車は明かりの一つしかついていない暗い公園に停車した。 「あの、ここは」 いよいよ不安になった野崎がそう問うと、ドアの外へ乱暴に引きずり出された。信じられないというように男の顔を見る。すると、先ほどの気の弱そうな顔はそのままなのに、男はやけに切羽詰った表情をしている。 続いて車の中から2人の男が降りてきた。二人ともサングラスをかけていて、その顔はわからない。 「なん……だよ、離せよっ」 危険信号が頭の中で鳴り響いている。逃げろ。逃げろ。逃げろ。 男の手を振り切って逃げようとすると、後ろから頭を殴られた。頭がぐるぐると回り、平衡感覚を失って倒れこむ。 「君には僕に協力して欲しいんだ」 男を見上げると、彼は頭の大きさほどもある黒光りする何かを持って、こちらを見ていた。 ―――カメラ。 その言葉が頭に浮かび上がると同時に、サングラスの男の一人が野崎の上にのしかかってきた。もがくと殴られ、呻いている間に両手を後ろ手に縛られ、さらにがさついた布で目隠しをされた。 「やめろよ、はなせよ!」 目が見えないということは、こんなにも人を不安にさせるのか。野崎は再び殴られる恐怖と、これから何をされるのかという恐怖に、自然と体を震わせた。 「ごめんね。すぐに終わるからね」 男がそう言うと同時に、サングラスの男たちは行動を始めた。野崎のパーカーをまくりあげ、ジャージのズボンも簡単に引きおろす。野崎は冷たい外気が肌に触れるのを感じて、今まで感じたことの無い危機感を覚えた。 「やめろっ!」 そういうと、下着も一気に下ろされ、そこに隠れていた野崎自身をぎゅっと握りこまれた。 「や……め」 野崎は青ざめて、一気に声のトーンを落とした。殺される、と本気で思った。 野崎が大人しくなったことに気を良くしたのか、それ以上の力は加えられなかったが、依然としてそれは握りこまれたままだ。 「……っ」 ねとねとして生暖かい感触が野崎の胸を撫で回しはじめる。小さな突起の辺りを執拗に嘗め回されて、気がおかしくなりそうだった。あまりの気持ち悪さに、吐き気がする。 すると、急に体を反転させられた。うつ伏せになった野崎の膝を立たせ、あらぬ場所を撫でられる。 「や、やだ……!」 本能的な恐怖だった。逃げようとすると今度は腹を蹴られる。 「ぐっ……」 男たちは一言も言葉を発しない。それがさらに、野崎の恐怖をあおる。 「やめてくださ……っ」 必死な懇願も、無駄な抵抗だった。冷たいどろりとした感覚とともに、野崎の秘部に何かが宛がわれる。それが男の指だと気づくのに、そう時間はかからなかった。何か塗っているのか、得体の知れないものがねとねととうごめいている。 「ひっ……あっ!」 入ってくるという感覚が嫌というほど分かった。痛い。気持ち悪い。言葉にできない屈辱感だった。 「いっ、痛いっ、抜いて……」 しかし指は引っ込むどころかぐいぐいと奥へ侵入してくる。ついに頭がぐらぐらしてきたところで、指がくい、と曲げられた。 「っ……」 電流のようなものが全身を流れる。一瞬何が起こったのか分から無かったが、指が再び曲げられると、思わず声が出た。 「気持ちいいのか」 男はそれだけ言うと、一気に指を引き抜いた。衝撃に体をびくりと震わせてから、すっかり麻痺した頭でその意味を考える。気持ちいいのか。 (俺……) その瞬間だった。指が入っていた場所に、もっと太いものが宛がわれると、野崎が抵抗する間もなく、ぐいと押し込められた。 「あああああっ!!」 痛みは壮絶だった。必死に逃げようとするが、もう一人が押さえつけているためかなわない。男は力任せに入ってくる。まるで身を引きちぎられるような痛みだ。 「嫌だっ! 痛い、痛いっ!」 カリの部分まで入ったところで、男の侵入が止まった。しかし、野崎がぐったりと息をついたとたん、今度は残りの全てを埋め込むように男が自身を一気に押し込んだ。 「あぁぁあああああああ!!」 はっとして目を開ける。一瞬状況を理解できなくて辺りを見回したが、もうあの冷たい地面の上ではなかった。 「……」 夢だ。汗がびっしりと全身に張り付いている。時計を見ると、夜中の二時半だった。 「…………なんで」 なんで、今更あんな夢を見たのか。 「なんで……」 あの悪夢のような出来事から、一年もたったというのに。 |