この寮の食堂は常に解放されており、朝、昼、晩(希望者には弁当)の食事は毎日支給される。 収容数がそれほど多くないこの男子寮「金葉荘」では、自然とこの食堂がたまり場になるというわけだ。 「新入生歓迎会……か」 「そうそう、もうそんな季節だよなあ」 「……」 「……」 会話を交わしていた二人が感慨深げに沈黙を作ったところで、彼らの待ち人がようやく姿を現した。 「……はよー、飯田、西山」 結局昨夜、夢を見てからほとんど眠れなかった野崎は、重い瞼を擦りながら食堂へ姿を現した。 「なんだ野崎、寝坊か?」 持ち前の茶髪を自慢げに揺らしながら、西山千尋がからかうように言う。 「ほっとけ」 確かに、もう講義が始まるまで10分ほどしかない。いくら寮から大学が近いといっても、これから朝ごはんを食べていく余裕はなさそうだ。 「野崎、お前顔色悪いぞ」 「ああ、ちょっと嫌な夢見てさ」 「……大丈夫か?」 このもう一人の友人、飯田聡史が何かに勘付いたように問いかける。彼は西山とは対照的に、短めの黒髪から清潔感が漂う男だ。 「ああ」 あの日の夢を見たということは、なんとなく言いたくなかった。野崎は苦笑とともにそう答えると、昼の弁当をもらい、一人先に出口へと歩き始めた。 *** 「ハイ、まず自己紹介からな」 そう軽快に手を打って切り出したのは、三年の鈴木亮平だ。面倒見のいい性格からか、こういった行事の仕切りはだいたい彼が買って出てくれる。すっかり夜の闇が深くなった食堂に集まった寮のメンバーがばらばらと拍手を送る。 「石川秀です。よろしくお願いします」 石川は、まだ幼さの抜けない顔立ちに小柄な体系も手伝って、頑張ってもぎりぎり高校生といった風貌だ。 「大森和彦っす。野球サークル入るつもりでーす」 人のよさそうな笑顔によく焼けた肌、そしてしっかりとついた筋肉が目にまぶしい。野崎は自分の貧弱な体を思って、ひっそりとため息をついた。 「高橋幸直。っと、ヨロシクオネガイシマス」 なんだか変なカタコトでそういったのは、だるそうにしているせいか目つきの悪い男だ。友達出来無そうだな、と野崎がぼんやりと失礼なことを考えていると、 「あ!」 その高橋がこちらを凝視していきなり叫んだ。野崎は内心びくりとしたが、 「飯田さん……ですよね」 「あ、俺?」 高橋の視線は野崎を通り越して隣の飯田に向けられていたらしい。飯田も驚いたのか、不思議そうな顔をしている。 「あの、俺……高校でバスケやってて」 「あ、そなんだ。どこ?」 「西城です」 「あー! もしかして、センターやってた?」 「ハイ! 覚えててくれたんですか」 「さんざんリバウンド取ってくれたからな」 飯田が高校までバスケをやっていたのは結構有名な話だ。結構有名な選手だったらしいのだが、大学では続けていない。いつだかその理由を聞いたとき、大学では遊びたいんだと話していたような気がする。 「俺、中学んとき先輩のプレイ見て、ずっと憧れてたんです!」 高橋は興奮に頬を高潮させて、早口でまくし立てている。先ほどまでの感じの悪い目つきはどこへやら、今はその目をいっぱいに輝かせていた。 「あ……そーなんだ。なんか照れるな」 飯田も満更ではなさそうにしている。野崎には良く分からないが、それほどうまいのなら見てみたいと思った。飯田のバスケ姿。想像すると、やけにしっくりくる。 「えっと、じゃあ自己紹介は終わりで。あとは皆ほどほどに騒げー」 鈴木が見かねてパーティー開始の命令を下す。とたんに騒がしくなった食堂に、慌てたように「ちょっと待った、言い忘れ!」と、付け足す。 「えっと、ここからは告知なんだけど……ここの寮生限定でスポーツサークルやってるから、興味あったらぜひ入ってくれ」 鈴木が会長の軽スポーツ同好会「金曜会」は、この寮の名前と金曜日活動をかけて作られたという。ネーミングセンスはさておき、とりあえず適度に体を動かしたいという人がいるためか、その活動は適度にゆるい。野崎と飯田もその一人だ。 「因みに今入ってるのは……手あげろー」 だるそうに手を上げたのは、しめて三年生が二人と二年生が二人だ。 「あー、このほかにもう一人三年がいるから」 鈴木は困ったように付け足す。 「また久世さん?」 西山がぼそりと言う。飯田が「おい」とたしなめると、聞こえてしまったのか鈴木が苦笑を浮かべて肩をすくめた。久世太一という三年生は、こういった集まりにこどごとく顔を出さないことで有名なのだ。中には、顔を見るのに半年かかった人もいるほどだ。野崎は金曜会で毎回会っているが、そういえばなぜ金曜会には出席するのだろう。改めて考えてみると疑問だ。 「飯田さんも入ってるんですね」 高橋だ。意外というように、眉をひそめている。 「大学でバスケやめたって本当だったんだ……」 そしてうつむいてしまう。 「ん? ああ、まあな……」 おい、あんまり飯田を困らせるなよ。野崎は内心ため息をつきたいような気分だったが、高橋はそれきり黙って、安物のパイプ椅子をぎしりと鳴らした。 西山は神妙な顔つきになった飯田を励ますように、 「じゃ、飲みますかあ」 そういって少しぬるくなったグラスを持ち上げた。 |