真夏の出口 2


 数日前、新聞の隅にその小さな広告を見つけたのはほんの偶然だった。受験のためというわけではないが、慎は毎日新聞を読むことを欠かさない。教師に言われて始めたことだが、今ではそれがすっかり習慣化していた。
「これ……」
 記事は、三面の端に小さく載っていた。普段ならば気にも留めない慎が妙に気になったのは、そのキャッチフレーズが目に入ってきたからである。
『この夏、何かを手に入れたいあなたへ』
 その言葉の下に、電話番号。それだけだった。怪しい広告と言われればそれまでだったが、しかし、慎はそこから目を離せずにいた。
 今年は受験だからと、特に勉強に力を入れていた。親に言われたとおり、塾にも行っている。部活はしていない。しかし、それ自体に不満を持ったことはなかったし、そもそも勉強が意味のないものだとは思っていなかった。まずまず優秀な成績を修めていた慎に、両親ももう何も言わない。
 しかし、何かが足りないと思っていた。心の奥で、何かが欠けている、何かを欲している自分を自覚していた。
 ――そしてこの記事を見た瞬間、慎はその正体を理解した。心臓を掴まれたように、どくどくと高鳴り始める。
 慎は新聞を握り締めている手に汗がにじんでいることにも気づかず、近くにあった白いメモ帳の一番最後のページに、その電話番号を書き写していた。
 夏休みの終わりがあと一週間に迫った、真夏の最中のことだった。



 とにかく慎は、そこにいた。電話の相手は三日間のイベントだと行っていた。内容は分からない。慎は小さなリュックを背負ってきた。最低限の金と水、タオル、そして携帯電話しか入っていない。物が邪魔になるといけないと思ったからだ。
『勉強合宿に行くんだ。三日間、友達の家で』
『そうなの。がんばってきなさいね』
 母の笑顔を不意に思い出して、慎は痛む胸を押さえつけた。
 それは初めて親についた、完璧な嘘だった。



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