決めた。また決めた。今度は抜かれた。ロングパス。すかさずレイアップシュート。反撃。パスカット。流れるような試合は既に第4クォーターを迎えていた。試合展開は、63-61の僅差でこちらが負けている。野崎は目線でボールをせわしなく追いながら、握った手のひらに力を込めた。 その横で、加藤はずっと大きな声を張り上げている。 「いけっ、速攻! あぁっ、そこ空いてんだろ、5番にパス! ほら、シュート! リバン!」 まるで監督のような熱心ぶりに、野崎のほうが萎縮してしまったほどだ。確かに会場内は応援やら歓声やらでなかなか騒々しいが、隣で叫ばれると鼓膜が破れてしまうのではないかと思う。 「残り一分切ったぞ!」 加藤の声にはっとして、デジタルのタイマーに目をやる。既に残り時間は秒数を細かく刻み始めていた。互いにゴールを決めるものの、得点差は縮まらず、追いついては離され、を繰り返していた。 残り十秒。高く跳んだ青いユニフォームにカットされ、弾かれたボールを手にしたのは、――高橋だ。 「いけ、高橋!」 気づいたら加藤と一緒になって叫んでいた。高橋はほとんどコートの真ん中から、綺麗なフォームでボールを放つ。それは大きく弧を描いて、籠の中へと吸い込まれていった。 試合終了の電子音が鳴り響く。試合終了。71-72で、ブルーブリッツの勝利だ。 加藤に案内してもらい、施設内のコンビニでおにぎりを二つ買って外に出ると、見覚えのある後姿に野崎の足は止まった。 「たか」 「あっ、幸直!」 加藤は興奮がまだ冷めていない様子で、まだ声のボリュームがマックスになっている。野崎は苦笑して、走り寄る彼の後ろをついていった。 「あ、野崎さん、と」 高橋は野崎の存在にいち早く気づくと、視線を加藤に移し、暫し固まった。 「……だれ?」 「俺だよ! ノブだって!」 「げっ、まじ。本当に、信弘?」 高橋は面食らったように彼の顔をまじまじと見つめる。きっと、当時の面影はすっかり消えていたのだろう。まだ納得しきれていない様子で、それでも渋々頷いた。 「久しぶりだな」 「幸直、お前名葉大だったんだ」 「ああ」 「実は俺も名葉なんだよね」 「げっ……まじ」 繰り返す。本気で嫌そうに眉を潜めた高橋のその表情に、野崎はくすりと笑った。歳は一つしか違わないが、普段より随分と歳相応に見える。まあいつもの彼は大人びているというより、生意気と言った方が正しいだろうが。 「それで、なんで野崎さんと一緒にいるわけ」 高橋のぶっきらぼうな物言いに一瞬加藤はきょとんとして、うんと頷いた。 「こいつが迷ってたみたいだから、案内してやったんだけど。お前のダチらしーじゃん」 「ダチっていうか……」 微妙な表情を浮かべた高橋が、野崎を見る。大方言いたいことはわかったので、黙って肩を竦めておいた。 「そうそう。バスケのルールすらろくに知らねーのに見に来たって言うし――」 「あー、えっと! ……とりあえず、座って食べね?」 どうにも気まずくなって野崎が話題をすり替えると、加藤は申し訳なさそうに手を振った。 「悪いな、俺、これからちょっと行かなきゃならないところがあるんだ」 「信弘……もしかして、まだあいつらとつるんでんのか」 高橋の意味深な問いかけに加藤の表情が固まった。 「……んなわけ、ねーじゃん」 ただそれは一瞬のことで、すぐに破顔すると正面入り口の方へ歩き始める。二人は中学時代のチームメイトだといっていた。過去に何かあったのだろうか。 「じゃあな、幸直、野崎。今度は三人で遊ぼうぜ!」 大きく手を振る彼に苦笑しながら、野崎も振りかえす。高橋の方に向き直ると、彼は釈然としない様子でこちらを見ていた。 「……なんだよ」 「なんで」 「え?」 「何でタメ口なんですか、あいつ」 言わんとしている事を理解して、野崎は頷いた。 「ああ……。なんか俺、一年だと思われてるらしい」 「らしい、って」 いいんですかと続ける高橋の表情は、既に呆れ気味だ。そのまま近くのベンチに腰掛けると、野崎に隣に座るよう促す。 「いいよ。別に先輩面したいわけじゃないし」 本当のところ、タイミングを逃してしまい面倒になっただけなのだが、それこそ呆れられそうな気がしたので黙っておいた。高橋はそれ以上言及はせずに、彼が立ち去った方向へ目を向ける。 「……あいつ、見かけあんなんですけど、いいやつですよ」 「何となく分かる」 恰好だけでみると凡そ近づきたくない人種であることは間違いないが、面倒見のいい性格なのだろう。それは野崎にも分かる。でなければ、見ず知らずの人間に道案内をして、試合のルールを懇切丁寧に教えるなどということはしない。 「ていうか、随分仲良くなったんですね」 「色々教えてもらったよ。すげーのな、お前」 褒めたのに、高橋はさして嬉しそうな表情は浮かべずに、コンビニのおにぎりのパッケージを開け始める。 「べつに、俺くらいのやつなんて腐るほどいますよ」 「でもやっぱり、上手いと思う」 バスケはよくわかんないけど、と心の中で付け足しておく。 「あの最後の逆転ゴール、興奮した」 「ああ、スリーですか」 あれは恐らく、金曜会で高橋が決めたシュートだ。なぜあんなに遠くのゴールに吸い込まれるようにボールが飛んでいくのか、全く想像もできない。 「得意なのか?」 「得意というか……まあ、好きですね」 そこで初めて高橋が笑った。随分柔らかい表情で、普段生意気な笑みしか見ることのない野崎は思わず驚いて手を止める。 「ていうか、来てくれたんですね」 「あ? ああ、まあ……暇だったし」 野崎が慌てて目線を逸らすと、高橋は少しの沈黙のあと、独り言のように呟いた。 「……こうなるなら、色々教えとけばよかった」 「……。ここまでの道、大森に聞いたんだぞ。……あいつの説明、超ヘタクソ」 「ああ、想像できます」 「サークルのチーム名とかも」 大学のサークルだから、てっきり大学名が入っているとばかり思っていたのだ。しかしそれを言うと、「そういうのは部のほうですね」と、はっきり断言されてしまう。まるで常識だというふうな言い方をするから、野崎は黙り込むしかない。 「ていうか、それもですけど」 「も?」 高橋は間を置いて、野崎とちらりと目を合わせる。 「なんでもありません」 言い終わるが早いかスポーツドリンクを呷り、おもむろに立ち上がった。中途半端に話を切られた野崎もつられて立ち上がる。 「おい」 「次も勝ちますから。見ててください」 そして何でもない調子で勝利宣言をかましてくれると、高橋は野崎の制止も聞かずにそのまま練習場へと歩き始めた。野崎は大きく息をついて、 「だから……何の自信だよ、それ」 呟いた。 |